子どもが七草粥を食べないなら?七草飯でもいいと思うわが家の考え方

七草粥が苦手な子どもにも季節の行事を楽しんでもらうための七草飯と、七草粥を並べた食卓 お役立ち

1月になると、スーパーに七草セットが並び始めます。

それを見ると、

「今年は七草粥をやってみようかな」

と思うことがあります。

子どもができてからは特に、節分や七夕、十五夜のような季節の行事を、できる範囲で家族でも経験しておきたいと思うようになりました。

ただ、七草粥となると少し悩みます。

子どもは青菜が得意ではない。

普段、お粥を喜んで食べるわけでもない。

せっかく作っても、

「たぶん食べないだろうな」

と思ってしまいます。

実際に一度出してみて、ほとんど食べなかった家庭もあると思います。

そんなとき、

七草粥じゃないとダメなのだろうか。

と考えました。

私自身は子どもの頃、毎年七草を食べていました。

ただし、わが家で出ていたのは七草粥ではありません。

七草を入れたご飯でした。

それでも私の中には、

「1月7日は七草を食べる日だった」

という記憶が残っています。

だから今、自分の子どもにも七草の行事を経験させるなら、

七草粥を食べさせることそのものをゴールにしなくてもいいのではないか

と思っています。

スポンサーリンク

そもそも七草粥は何のために食べる?

七草粥は、1月7日の「人日の節句」に食べる行事食です。

春の七草を入れた粥を食べ、新しい年の無病息災を願う風習として受け継がれてきました。

農林水産省でも、1月7日に七草粥を食べ、健康を願う行事として紹介されています。

つまり、単に青菜の入ったお粥を食べる日ではありません。

新しい年に家族の健康を願いながら、季節の節目を感じる行事

なんだと思います。

だからこそ、七草粥そのものの意味は大切にしたいです。

「子どもが食べないなら、七草粥なんてやらなくていい」

という話ではありません。

昔から続いてきた七草粥という行事を知ったうえで、

今のわが家でどう参加するかを考える。

そのくらいの距離感が、わが家には合っています。

子どもに食べさせることが目的になると、少し苦しくなる

子どもに季節の行事を経験させたいと思うと、

つい、

「ちゃんと七草粥を食べさせたい」

と考えてしまいます。

でも、普段からお粥や青菜をあまり食べない子どもなら、七草粥だけ急に喜んで食べるとは限りません。

それでも、

細かく刻む。

味付けを変える。

卵を入れる。

チーズを入れる。

と、なんとか七草粥を食べてもらおうとすると、だんだん目的が変わってきます。

本来やりたかったのは、

家族で七草という季節行事を楽しむこと

だったはずです。

それなのに、

「どうしたら完食してくれるか」

ばかり考えてしまう。

そこまで頑張らなくてもいいのではないかと思います。

わが家なら「七草を食べるところ」まで入口を下げる

私が子どもの頃に食べていたのは七草粥ではなく、七草飯でした。

七草が入ったご飯なので、普段の食卓から大きく離れません。

私は七草自体が好きだったこともあり、毎年普通に食べていました。

もちろん、

「七草飯ならどんな子でも食べる」

という話ではありません。

今のところ、私自身も自分の子どもに七草飯を出した経験はありません。

ただ、

七草粥でなければ季節行事を経験できない

と考えるより、

まずは子どもが参加しやすい形まで入口を下げてもいいと思っています。

たとえば、

  • 七草粥を少量だけ出してみる
  • 普段食べているご飯に七草を取り入れる
  • 七草飯にしてみる
  • 親が食べながら「今日は七草の日なんだよ」と話す

こんな形でもいい。

七草粥を一杯食べ切ることより、

「今年も家族で七草の日に触れた」

という経験を一つ作ることを優先したいです。

「ちゃんとやる」より「今年もやった」を増やしたい

子どもが生まれると、季節の行事を少し意識するようになります。

節分。

ひな祭り。

こどもの日。

七夕。

十五夜。

冬至。

すべてを昔ながらのやり方で、毎年きっちり行うのはなかなか大変です。

だからといって、

「ちゃんとできないなら今年はやめよう」

としてしまうと、家族で経験できる行事そのものが減ってしまいます。

わが家としては、

100点の行事を年に数回やるより、30点でも50点でもいいから季節に触れる機会を増やしたい。

七草も同じです。

七草粥を丁寧に作って家族全員が完食できれば、それが一番分かりやすい形です。

でも、子どもが食べそうにないなら、

七草飯にする。

少量だけ出す。

親が食べているところを見せる。

そんな形でもいいと思っています。

七草粥の形を変えても、意味まで変える必要はない

七草の行事には、家族の健康を願う意味があります。

その意味まで軽くする必要はありません。

むしろ、

「今日は七草の日なんだよ」

「今年も元気に過ごせるといいね」

と子どもに話すだけでも、行事としての意味は伝えられます。

料理の形だけを家庭に合わせる。

このくらいなら、伝統を否定することにはならないと思います。

実際、七草の食文化は地域によっても一様ではなく、七草粥だけでなく七草雑煮などの形で受け継がれてきた例もあります。

昔から各家庭や地域で、少しずつ違う形で残ってきた行事でもあります。

だから今の家庭でも、

意味は残しながら、参加しやすい形にする

という考え方があってもいいのではないでしょうか。

七草粥を子どもが食べないなら、まずは一段下げてみる

もし、

「子どもが七草粥を食べなさそう」

「去年作ったけれど、ほとんど食べなかった」

という家庭なら、

いきなり子ども向け七草粥のレシピを探す前に、

何のために七草をやりたいのか

を一度考えてみてもいいと思います。

季節の行事として家族で経験したいのであれば、

七草粥を完食させることだけが答えではありません。

わが家なら、

七草を食べることまで入口を下げる。

その一つとして、私が子どもの頃に食べていた七草飯があります。

今年は七草粥を作る。

今年は七草飯にしてみる。

今年は子どもが一口だけ食べる。

それでもいい。

毎年少しずつでも、家族の中に季節の記憶を増やしていく。

そんな七草の楽しみ方でもいいのではないかと思っています。

コメント

タイトルとURLをコピーしました